毎日暑い日が続くと、涼しさを求めて、ついついコンビニで涼んでしまう。
そして、冷たいアイスコーヒーなんてものを、ついつい買ってしまう。
そんな暑さを理由についつい足を運んでしまうコンビニの毎日が続くと、
コンビニ内において、デザインが正確に為されていない「粗という粗」が、
職業柄どうしようもなく見えてしまうもので、困ったもの。。。
ということで、つい先日、暑さに弱い僕も、この夏の暑さに負けて、
ついつい駆け込んでしまった、某所コンビニ(セブンイレブン)での一枚。
元々、このコーヒーメーカーの操作を誘導するためのデザインは
もっと、もっと、シンプルで、スタイリッシュで、英語表記だけの風貌をしていた・・・
と、僕の中では記憶しているのだが、
ここ数年、コンビニでコーヒーをテイクアウトする文化が進んでからというもの、
(社会が必要と思えば、思うほど・・・)
このコーヒーメーカーの操作を誘導するためのデザインの脆さが露呈していった。
英語に、カタカナに、日本語に、吹き出しに、
しまいには、各種飲み物のカップをイメージする写真まで、ベタベタと貼られなくては
その操作方法が分からないという・・・この始末。。
ある意味、このコーヒーメーカーがコンビニに設置されてから
日々その使い辛さを感じ、見極めていったコンビニの店員さんの視点こそが、
ここでは「真のデザイナー」の視点だと、僕は思ってしまう。
いつも僕は思う。「デザイン」とは、いつ、その本当の正解・答えが提示されるのだろう?と。
見えるモノとして完成しても、そのモノが実際に社会に使われ始めてみないことには、
その「デザイン」の真の正解・答えを見出すことは不可能なのだろうかと・・・。
つまり「デザイン」の本質は、そのカタチが為された後の、アフターケアにあるのだろうかと。
そんな「デザインの正解」を、いかにビフォーにケアできるのか・・・
それが、いわゆるデザイナーに求められる実力であり、ポイントであるだろうし、
そのビフォーのケアを十分にできるような生活経験(もっというと人生経験)を豊かに
兼ね備えたデザイナーこそが、理想的なデザイナーなのだろうな・・・と、
出来上がるのが遅いコーヒーを待ちながら、ふとした隙間に考えてしまう。
ではでは、国語・算数・理科・デザイン! (投稿:澁谷和之|澁谷デザイン事務所)