さてさて、すっかり朝晩は秋めいて、肌寒い心地のする今日この頃、
2021年度の「国語・算数・理科・デザイン!」参加者の皆さんはいかがお過ごしで?
ここ最近では、いよいよ「観察トレーニング」なる『観トレ』が具体的に始まったようで、
皆さんからの投稿がドシドシとアップされ始めている状況は、とても嬉しい限りでありまして。
ということで、僕(澁谷)も参加者の皆さんに負けじと
『観トレ』に励みながら、ジョギングという「筋トレ」をしていたある日のこと・・・


いつものジョギングコースを走っていて、
ふと見上げた先に何気なく立っていた「止まれ」の標識に立ち止まってしまった僕。
「? ? ?」
皆さん、この「止まれ」の標識を見て、何か疑問に思わないだろうか???
なぜ「止まれ」の標識が、2つ必要なのだろうか? と・・・。
本来、「止まれ」の標識は、
設置されるのが「1つだけ」で、その機能を満たさなければならないハズ。
(その場の安全を確保するデザインでなくてはいけないハズ)
それなのに、ここには2つの標識が・・・ごくごく当たり前のように設置されていたわけで。
つまるところ、この場所は
「2つの標識を設置しなければならないくらいに、交通安全面では危険な場所であり、
2つの標識を設置しなければならないくらいに、
交通者にとって「止まること」が難しく、認識し辛い場所である」ということを
この2つの「止まれ」の標識が設置されてしまっている状況は示唆しているのだと、
僕はこの状況を眺めながら、そう認識・解釈した。

ここに、デザインがきちんと機能していない現状社会の課題が如実に見え隠れしている。
この現場は
「止まれの標識を “2つ” 設置したから、もうこれで大丈夫だろう」
「止まれの標識を “2つ” 設置したことで標識が目立つから、みんな立ち止まるだろう」という、
本質的なデザインの正しい解決が為されていない、とても “危うい状況” になってしまっている。
「止まれ」の標識のサイズ・大きさのデザインが、この場所に最適な設定になっていないのではないか・・・
「止まれ」の標識のレイアウト(設置すべき高さの位置など)のデザインが、
この場所にとって、一番効果的な設定になっていないのではないか・・・というように
“疑うデザイン” が、この場所には本来必要なことなのであって、
「 “2つ” 設置する」という安易な足し算のデザイン・解決策であっては、
本質的に何も安全を確保できていないのではないか・・・と思われる。
そう、ということで、「デザイン」の理想を厳しく突き詰めて考えていくと、
デザインという手段には、本来「2回目」というアプローチ(補償)は無いわけで、
まして、尚更「3度目の正直」なんて、生ぬるい姿勢は一切許されないものなのだと感じるのです。
いやはや、ジョギングしながら
改めて、デザインとは「足し算」することではなく、「引き算」することなのだなと・・・
加齢とともに蓄積(足し算)された脂肪を、ジョギングすることで燃焼(引き算)させながら、
「止まれ」の標識を前に、きちんと立ち止まって「デザインの、右、左」を再確認する、
オジサン観トレ、なのでございます。
ではでは、国語・算数・理科・デザイン! (投稿:澁谷和之|澁谷デザイン事務所)