-若者と地域をつなぐプロジェクト事業-『国語・算数・理科・デザイン!』

-若者と地域をつなぐプロジェクト事業-
『国語・算数・理科・デザイン!』

迫る「卒業式」

若者と地域をつなぐプロジェクト事業、今年も終わりを迎えようとしています。(ほんとか!?)

今年は、4月から就職を迎える方、今まさに大学受験に向けて頑張っている方、入学してからずっとコロナ禍…..それでも目の前の部活動に全力で取り組んでいる高校2年生や1年生、本当に多様な皆さんに参加いただいています。

さてさて、「若者と地域をつなぐプロジェクト事業」3年目の卒業式も、もうすぐです。

私、中学校や高等学校に通っていない時期があるのですが、
家で一人で勉強するようになって気づいたことがあります。

それは、「儀式は大切だ」ということ。

特に教科書が進むわけでもなく、別に事務連絡は家で聞けばいいのに、
なぜか、学校という日常を失ってみて、あの長い校長先生のお話も、愛おしく感じられたものでした。

3月の成果発表会のことを、私は勝手に「卒業式」と呼ぶことにします。
学校だけでいい、職場で仕事を淡々としていればいいという考え方もあるなかで、1年間(長い人は2年間!)参加してくださった、その集大成です。

いいセレモニーにしたいと思います。(今年も、私 松嶋が全力で技術を担当します。(楽しいけど、もっと生徒の発表をゆっくり聞きたいのですよ〜〜!涙))

さてさて、去年は「私の通学路はiPhoneの画面でした」、そして一昨年は「まちの一角を借りて、まちに彩りを添える大人になろう」という言葉で結ばれた、報告会。

さて、今年はどんな言葉が待っているのでしょうか。


2月。去年に増して、まだまだ「発表会の中身、どうする?」という議論が聞こえてこない、Slack界隈ですが……。

私の中では、長い長い3年間のまとめ・旅立ちともいえる気持ちと、とはいえ目先の技術設計をしなければならない気持ちで、なんだかふわふわしています。

この3年を総括するならば、私はこの事業で「ことばを授かることができたな」と思っています。

そして、今まさに奮闘している生徒を見ると、日本社会全体として、特に学校の中で、どうしても児童生徒自らが、ことばを手放していく必要があるのではないか…..ということを、考えざるを得ません。

私にとって、失ったらイヤなものはなんだろう。
私にとって、大切なものってなんだろう。

そんな当たり前のことにすら、言葉を紡ぎ続けることが難しい世の中になっていると、3年の事業、そして途中からのコロナ禍で、一層実感しました。私も未だにできていません。


生きるだけで、痛みを伴う現代において、

その痛みを痛いと声高に叫ぶこと自体、かんたんなことではありません。

ただ、この事業は最後まで、そう言える場でありたいと思いますし、
きっとチームYODはそれぞれが、それぞれにできる形で、このことを表現しているのだと思います。

さらに、誰かの痛みに寄り添うことは、もっと大変なことだと思います。
そして、誰かの痛みは、誰かにとっての痛みではないかもしれないという事実もあります。

前職で電話の自動応答システムの設定をしていたとき、
「担当者につながりづらくして、顧客から電話を切らせるようにしてね」
とはっきり言われたこともあります。笑

顧客にしてみれば悪しき、日常にあふれるデザイン、そして「モヤモヤ」の極みなわけですが、
企業のイチ担当者としての経験からすると、前職に限らず一般論としても、否定はできません。


まちのデザインは言葉であるということ、
地域とつながるとは、言葉のデザインであるということ。

3年前、私は諦めかけていました。
学校を出ていないというコンプレックスを抱えながら、目の前にある与えられたことを、言うことを聞いて必死にやることができると表明しなければ、本当に生きていけなくなると思っていました。

あの頃とは、仕事のスタイルも、通っている大学でのレポートの書き方も、大きく変わったと思います。

それは、このプロジェクトで得た自信が大きく影響していると思います。

人の話を最後まで聞くのは難しいし、
ある人に熱を持って接していると、ある意味うっすらと嘲笑される……こんな世の中ですが、

もうちょっと頑張ってみようと思えたプロジェクトでした。

あと3週間、走り抜きますよ!

ではでは、「国語、算数、理科、デザイン!」

(文責:松嶋駿|しましゅん)

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